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2008年05月12日

南太平洋から

鍵井 靖章

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ご無沙汰してました。
鍵井です。

今、南太平洋で取材しています。
毎日、早朝、早起きして海に行き、取材を続けています。
3時ごろから、陸撮を始めるのですが、
曇り空や、週末で町に活気がなかったりと、
なかなかスムーズにはいきませんが、
今日も張り切って頑張ります!

写真は、今回のガイド兼コーディネーターのマ○シさんの写真です。
僕のためにロケハンしてくれてます。多分・・・(笑)

2008年05月10日

トゥバタハで。

古見 きゅう

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今年のトゥバタハではマクロ生物も積極的に撮影してきました。

そして常々思っていたことなんですが、

ウツボをどうにかして可愛く撮りたいなぁと。

という訳で出会ったドクウツボとしばし睨めっこ。


どこから見たら誰もが可愛く見えるのだろう。

というかドクウツボっていう名前から可愛くはない。

歯が鋭いから怖く見えるのか?


とまぁ一人でブツブツ言いながら、

この子と向き合い、アレコレ撮影していた訳です。

世界遺産まで来てウツボかよ。

そんな声も聞こえてきそうですが、まぁまぁいいじゃないですか。

世界遺産に棲むウツボはなかなか撮れませんよ。

ではでは。

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先の日記で、子供の頃の家族でのオーストラリア放浪、大学時代に4駆を日本から持っていって、砂漠地帯を横断した話に触れた。たまたま、ブルームに滞在中に、何人かの方から、友人などの結婚のお祝いに、僕の撮影した写真をプレゼントしたいけど、どうしたらよいかと問い合わせをもらったので、外付けのハードディスクに持ってきていた写真をちょっと調べていたら、ちょうどその頃の写真が見つかった。

そんな時代の写真まで外付けハードディスクに保存して持ち歩いているのかと驚かれるかもしれないが、これはたまたま、講演などを依頼されたときに使用した写真を持ってきたHDに保存していたものだ。

小中学生の頃、小さな日本車で、家族5人で荷物と一緒にすし詰めになりながら、オーストラリアとニュージーランドを放浪した。テントの貼り付けや、食事の用意は全て子供の僕たちの役目だった。

父は運転と、その日にかき集めた資料のチェックや整理のために、テントではなく、車の運転席で眠る。実際には、オーストラリアに来た当初、父は車の免許を持っていなくて、放浪途中でこちらで取得した。それまでは、母が一人で運転を担当していたのだ。今考えると、よくやってたな~と関心させられる。写真を見てもらえばわかるように、5人で寝るには小さいテント。母と3人兄弟のうちの二人が入れば、ぎゅうぎゅう詰めだ。

誰かがはじき出されて、外で眠ることになる。晴れていればいいけど、雨など降ったらしゃれにならない。荷物の詰まった荷台にまるで冬眠するリスのように丸くなって眠った。

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望遠鏡を覗いているのが僕で、その横にいるのが弟。僕は広島ファンだったけど、弟は巨人ファンだったはず。家族は弟を除いて全員が広島ファンだった。これは、エアーズロックの頂上に登り、周囲を眺めているところだ。360度水平線が見渡せる状況に、子供ながらに驚愕したのを覚えている。日本に帰国したときに、道の狭さに自分の家の位置がわからなくなるくらいに。あれから、今までに、4回、エアーズロックに登った。

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そして、この写真は、大学時代に、ネイチャーカメラマンのアシスタントドライバーとして、エアーズロックから、西オーストラリアのミカサラという町まで抜ける軍用道路、ガンバレル(銃身)ハイウエイを横断したときに僕がそのカメラマンの人にカメラを借りて撮影した写真だ。フィルムの入れ方もわからずに、見よう見まねで撮影した。

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車の上に登って、撮影するカメラマンの姿を「かっこいいな」と興味を覚えたものの、この頃はまだ写真にはまったく興味は無かった。

明日からのキンバリー、バングルバングルを通過して、ダーウィンまでの道のり、これを完走しれば、オーストラリア放浪のルートが1周、完全につながる。それを目前にして、たまたま結婚式のプレゼントにと頼まれた写真をさがしていて、この写真が出てきたことは、個人的には感慨深い。

何十年もかけてつながる長い道のり。とてもののんびりとした、本当にのんびりした完結編への出発が、明日スタートする。

2008年05月09日

ブルームで和食にありつく

越智 隆治

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秘境カリジニでのハードな生活が終わり、今はブルームに滞在している。写真は、カリジニを発って、ポートヘッドランドという鉄鉱石の輸出港町へ向かう途中の道路の上で撮影した、今回の参加メンバーの記念撮影。カナダ、ドイツ、スイス、オランダ、イギリス、フランス、香港、オーストラリア、そして僕ら日本人の9カ国の混合メンバー。

ブルームは、オーストラリアの原住民であるアボリジニーたちが、インドネシア方面から初めて、オーストラリアに渡ってきたと考えられている、彼らにとって特別な場所だそうだ。これから、先向かう、キンバリーや世界自然遺産に指定されているバングルバングルなどには、アボリジニーの先祖が残した壁画(ロック・アート)を見ることができるそうだ。

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ブルームは、また、真珠の養殖などで、古くから日本と関係のある場所。町の近くには、真珠の養殖に関わって、この地で亡くなられた、多くの日本人が眠る、日本人墓地がある。養殖に携わり、潜水病で亡くなったり、この地を襲ったサイクロンのために命を失った人も数多くいるそうだ。

だからというわけではないのだろうが、町の中心で、日本食屋さんを見つけた。シェフはオーストラリア人だったけど、長い間、まともに食事していなかったので、値段も気にせずランチタイムに転がり込んだ。頼んだのは、まっちゃんも僕もトンカツ定食。

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あまり期待はしていなかったのだけど、かりっと揚がっていたし、ソースもマヨネーズも日本のものを使用していて、十分に美味しかった。デザートは抹茶アイスを注文して、久しぶりに充実した食事を堪能した。

でも、金額は二人で、約9000円。オーストラリアは今レストランでの食事の値段がとても高い。覚悟はしていたけど、トンカツ定食と抹茶アイスでこの値段は、そうそう毎回食べれる金額ではないな。

シェフには、「美味しかったよ。また夜も来るよ!」と言ったけど、結局夜は何も食べずに部屋でネットつなげて過ごした。レストランの外には、青空の下、こいのぼりが舞っていた。

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2008年05月08日

秘境カリジニ渓谷・星を見て過ごす

越智 隆治

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エクスマスを発ち、昨日ブルームに到着した。その間、滞在していたのは、オーストラリアの中でも秘境と言われるカリジニ渓谷。赤茶けた鉄鉱石の埋まる不毛の土地に、忽然と姿を見せる異様な渓谷の姿は、今まで見てきたオーストラリアの様々な奇岩の中でも突出した強烈な印象を与えてくれた。毎年観光客の中から死者が出るほどの危険な場所でもあるらしい。

印象を強めたのは、ここでの滞在が全て屋根の無い、荒野での野宿だったせいもあるかもしれない。赤茶けた不毛の大地に、スワッグを広げて、その中に寝袋を滑り込ませて眠る。夜はまだ、太陽が沈む前に温められた地熱が残っていて、Tシャツと短パンだけでも寝汗をかくくらい暑い。しかし、明け方前には、乾燥した空気が熱を奪い、ダウンジャケットを取り出して着込んで寝なければ寒くてしょうがない。

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昼間の移動で、疲れ果てて、日が暮れると食事の用意だけ手伝って、食べもせずに早々にスワッグにもぐりこんで眠る毎日。この数日間、肉をまったく食べていない。食べるのは、果物と、水と自分で買ったナッツ類だけだ。まるでベジタリアンのような生活。

着てる服や靴はすでに、オレンジ色に変色している。「何でこんなことしてるんだろう」と不毛な疑問を抱くこともばからしくなってくるくらいに、疲弊している。「背中が小さくなった気がします」と同行のまっちゃんから言われるくらいに、体重が落ちた。

しかし、体重が軽くなった分、おかげで、渓谷を上り下りする激しいトレールを重いカメラバッグを背負って移動するのが、あまり苦ではなくなった。カメラ1台、レンズ1本を今回のルートで壊してしまった。次の
ダーウィンまでの9日間の野宿で、残りのカメラとコンピューターは無事に機能してくれるだろうか。

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辛そうなことばかり書いてしまったけど、星を見ながら眠るのも、悪いものではないと感じた。久しぶりに、オーストラリアの赤い大地に帰ってきた。小、中学生の頃、家族でこの不毛の大地を車で移動して、テント生活していた頃を思い出した。大学時代に、日本から4駆を船でオーストラリアに輸送して、砂漠地帯を走破したときも、こんな感じだったな。今回のエクスマスからダーウィンまでのルートは、実は、今までオーストラリアで走破していなかった、唯一のルートだ。

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だからと言うわけではないけど、途中でリタイヤするわけにはいかない。これを走りぬけたときに、自分の中でオーストラリアと中途半端に関わってきた数十年間に一区切りをつけるきっかけになると感じている。

満点の星空を見ながら眠り、広大な台地ひた走るときに、考えることの多くは、家族のことだ。離れているから尚更家族とともにいる大切さを感じる。僕の放浪の原点も、父や母、二人の兄弟との狭い車での移動だった。いつも南十字星を眺めながら眠りに着いた。

今回も4日間、たまに雲に隠れてしまうことはあったけど、いつも南十字星は、僕の頭上で輝いていた。いくつもの流れ星を見たけど、いつも「あ、流れた!」と思うだけで何も願い事を言う暇もない。

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