2008年05月

今日、バハマへ出発。
出発前に、「Be Happy」を出版して頂いた、廣済堂出版の編集者から連絡があり、同著を文庫本化することが決まった。

7月中には、また書店に並ぶそうだ。写真も増やし、ページ数も増える。いつものことなのだけど、今まで出版前になかなか、直接制作に係わることができずに、海外ロケに出ていた。今回も同じだ。
最近、本当に日本にいれない。撮った写真はほとんど放置状態だし。帰国しても、なんだか忙しくて、多くの仕事関係者や友人にも、かなり疎遠になってしまっている。誰か、写真整理手伝ってくれる人いないかな・・・。
今回は、家族も伴ってのバハマ。今は出発日の朝4時。慌しく今頃荷物をパッキングを開始した。

今はすでに日本に帰国している。次のバハマの準備で忙しいので、なかなかオーストラリアの続きをアップできていなかった。
数日たって、少し落ち着いてきたので、続きをアップすることにする。ブルームからダーウィンまでの9日間の行程では、毎日のように、渓谷や滝などを巡る、キンバリーの大自然に触れる旅だった。

特に印象に残ったのは、全長750mに及ぶ、自然洞窟の中を流れるトンネルクリークや、落差何メートルもある渓谷の岩山から流れ落ちるいくつもの滝。今の時期は雨季から乾季に変わったばかりなので、水量も豊富だが、乾季のまっただなかになると、完全に水が干上がってしまうところも多いようだ。

皆は車から降りて、岩むき出しのトレールを歩き、汗ばんだ身体を滝つぼにつかって、クールダウンさせてはバスに戻り、次の渓谷を目指した。
乾燥しているからか、水に浸かっても、衣類はすぐに乾燥してしまう。カリジニでは、無数の蟲に悩まされる一幕もあったが、このキンバリーでは、場所によっては淡水ワニが生息している渓谷もある。
淡水ワニは成長しても体調3mくらい、凶暴な海水ワニ(最大8mくらになる)に比べて、こちらから危害を加えない限り、危険は無い(harmless)と言われても、目の前に浮いている場所で泳ぐのはちょっと気が引ける。ワニをサメに例えるならば、淡水ワニはホワイトチップシャーク、海水ワニはホホジロザメみたいな感じなのだろうか。この写真は淡水ワニだけど、近づくとこうやって口空けて警戒されると、とてもharmlessには見えないけど。

それに、川の水が増加する雨季になると、僕らが泳いでいた滝つぼにまで凶暴な海水ワニが姿を見せることもある。と言われると、どこまで安心して水に浸かっていればいいのか疑問だったが、皆あまり気にせずに、すぐに水着になって、滝つぼに飛び込んだりしていた。慣れというのは恐ろしいものだ。
昨日、特注ボレロが届きました!
私をスポンサードしてくれているモビーズの3㎜半袖フード付きにボレロ。
寒さ対策のものです。
今、愛用しているウェットスーツが、MAXIMUM AVANT。MAXIMUM ABSOLUTE と同じデザインでソフトラバータイプです。
これは5mmで、その上に今回作ってもらった3mmのボレロを着る。
これで、23、24度くらいは大丈夫。
実はこれ、先日の取材でマサシさんが着ていた。
見てると快適そうなので、マサシさんの携帯電話を借りて、
モビーズの担当の若木さんに国際電話でお願いした。
明後日からの取材に間に合わせてもらうために。
マサシさんが、シーアンドシーのHPで、私のことを書いてくれている。
プロガイドのコラム
最初の写真は、「絶対に情熱大陸の時のポートレイトのようなもので始めたい!」と揺るぎない熱意に押されて、また遠くを見る写真を撮られてしまった・・・。「またかよ~っ」て、突っ込みが聞こえます。特に
由比ガ浜方面から・・・。
今日は良い天気ですね。
ほな!

ブルームから、ダーウィンへの旅は、キンバリーという大自然の残る、西オーストラリア北部地域を巡る、全日程野宿というハードな内容だった。道路も全て未舗装。野宿するキャンプグランドに向かう途中、日没前には、焚き火用の薪を自分たちで集める毎日。

野宿場所が決まるとすぐに、太陽が沈んでからの冷え込みから逃れるように火を焚く。昼間の灼熱地獄が嘘のように、身体の心まで冷え込んでくる。皆フリースやセーターを着込んで、焚き火の周りに集まってくる。

毎日交代で調理を担当する。エクスマスからブルームまでの旅では、ドライバーの食事への知識の無さと、体力の衰えから、食事が不味く感じられて、ほとんど食べれなかった。
しかし、今回のドライバーは、キャンプ用の食事に慣れているようで、バリエーションも豊富だし、毎日かなり美味しい食事にありつくことができた。体調もかなり回復してきて、8日間連続の野宿(スワッグ生活)も、あまり苦ではなかった。それでも悩まされたのは、朝の冷え込みと、近くで眠るまっちゃんのイビキ、それに朝早くにギャーギャー鳴きながら集団で頭上を飛び回る野生のオウムたち。野宿など初めてのまっちゃんは、かなり疲弊してきっていたようで、イビキの音もだんだん大きくなっているようだったので、寝る距離は日々離れていった。
それでも、毎日星を見て過ごすことがなんだか楽しくなってきた。それだけではなく、この西オーストラリア北部には、バオバブの木が繁殖していることを今回の旅で初めて知った。オーストラリアではBoab treeと呼んでいる。
元来、バオバブは、アフリカに1種、マダガスカルに6種くらいあるそうだ。大昔、実が潮流に乗って、インド洋を渡り、オーストラリア北西部に漂着して繁殖したと考えられている。このBoab treeが僕の関心を大いに引き付けた。行く先々で、チャンスがあればこの木を撮影した。
古いものでは、数千年も生きているもののあるそうだ。奴隷のように扱われていた当時のアボリジナルを縛り付けておくための、Prison Treeと呼ばれる木もあった。他のBoab treeに比べて、不気味に横に肥大していて、まるで当時のアボリジニたちの怨念を吸収しているかのようだった。

バオバブには、年輪が無いという話もガイドから聞いて驚いた。1日、そんな不思議な巨木、Boab Treeの木の下で眠る機会があった。
星空の下、逞しい幹を持ったBoab treeに守られて眠る。妙な安心感だけでなく、願い事を唱えると適えてくれそうな神秘的な雰囲気もあって、何気なく、自分のこれからの夢を巨木に向かってお願いしてみたりした。

朝起きて、ドライバーに「この木は何歳くらいかな?」と尋ねると、「う~ん多分1500歳くらいじゃないかな。まだ若い方だね」と答えた。1500歳で若い方・・・、人間の寿命などたかだか100歳。どれだけ長い間、この木はこの地に立ち、ほとんど変わることのない風景を眺めてきたことだろう。
キャンプ地を出発する前、この木の下で集合写真を撮影した。


月刊ダイバー6月号が発売されています!
僕が担当しているのはグァム、パラオ、コモドなど。
アニキが担当しているのがタオ&サムイ、紀伊大島須江など
須江の海は僕もよく潜っていのですが、
オキノスジエビとマトウダイの写真にはやられました、、、。
須江を象徴する二匹の魚の組み合わせ!
あんなの見たことない!
いいなぁ~。
という訳で本誌をご覧になってください!
ではでは。
ご無沙汰してました。
鍵井です。
今、南太平洋で取材しています。
毎日、早朝、早起きして海に行き、取材を続けています。
3時ごろから、陸撮を始めるのですが、
曇り空や、週末で町に活気がなかったりと、
なかなかスムーズにはいきませんが、
今日も張り切って頑張ります!
写真は、今回のガイド兼コーディネーターのマ○シさんの写真です。
僕のためにロケハンしてくれてます。多分・・・(笑)

今年のトゥバタハではマクロ生物も積極的に撮影してきました。
そして常々思っていたことなんですが、
ウツボをどうにかして可愛く撮りたいなぁと。
という訳で出会ったドクウツボとしばし睨めっこ。
どこから見たら誰もが可愛く見えるのだろう。
というかドクウツボっていう名前から可愛くはない。
歯が鋭いから怖く見えるのか?
とまぁ一人でブツブツ言いながら、
この子と向き合い、アレコレ撮影していた訳です。
世界遺産まで来てウツボかよ。
そんな声も聞こえてきそうですが、まぁまぁいいじゃないですか。
世界遺産に棲むウツボはなかなか撮れませんよ。
ではでは。

先の日記で、子供の頃の家族でのオーストラリア放浪、大学時代に4駆を日本から持っていって、砂漠地帯を横断した話に触れた。たまたま、ブルームに滞在中に、何人かの方から、友人などの結婚のお祝いに、僕の撮影した写真をプレゼントしたいけど、どうしたらよいかと問い合わせをもらったので、外付けのハードディスクに持ってきていた写真をちょっと調べていたら、ちょうどその頃の写真が見つかった。
そんな時代の写真まで外付けハードディスクに保存して持ち歩いているのかと驚かれるかもしれないが、これはたまたま、講演などを依頼されたときに使用した写真を持ってきたHDに保存していたものだ。
小中学生の頃、小さな日本車で、家族5人で荷物と一緒にすし詰めになりながら、オーストラリアとニュージーランドを放浪した。テントの貼り付けや、食事の用意は全て子供の僕たちの役目だった。
父は運転と、その日にかき集めた資料のチェックや整理のために、テントではなく、車の運転席で眠る。実際には、オーストラリアに来た当初、父は車の免許を持っていなくて、放浪途中でこちらで取得した。それまでは、母が一人で運転を担当していたのだ。今考えると、よくやってたな~と関心させられる。写真を見てもらえばわかるように、5人で寝るには小さいテント。母と3人兄弟のうちの二人が入れば、ぎゅうぎゅう詰めだ。
誰かがはじき出されて、外で眠ることになる。晴れていればいいけど、雨など降ったらしゃれにならない。荷物の詰まった荷台にまるで冬眠するリスのように丸くなって眠った。

望遠鏡を覗いているのが僕で、その横にいるのが弟。僕は広島ファンだったけど、弟は巨人ファンだったはず。家族は弟を除いて全員が広島ファンだった。これは、エアーズロックの頂上に登り、周囲を眺めているところだ。360度水平線が見渡せる状況に、子供ながらに驚愕したのを覚えている。日本に帰国したときに、道の狭さに自分の家の位置がわからなくなるくらいに。あれから、今までに、4回、エアーズロックに登った。

そして、この写真は、大学時代に、ネイチャーカメラマンのアシスタントドライバーとして、エアーズロックから、西オーストラリアのミカサラという町まで抜ける軍用道路、ガンバレル(銃身)ハイウエイを横断したときに僕がそのカメラマンの人にカメラを借りて撮影した写真だ。フィルムの入れ方もわからずに、見よう見まねで撮影した。

車の上に登って、撮影するカメラマンの姿を「かっこいいな」と興味を覚えたものの、この頃はまだ写真にはまったく興味は無かった。
明日からのキンバリー、バングルバングルを通過して、ダーウィンまでの道のり、これを完走しれば、オーストラリア放浪のルートが1周、完全につながる。それを目前にして、たまたま結婚式のプレゼントにと頼まれた写真をさがしていて、この写真が出てきたことは、個人的には感慨深い。
何十年もかけてつながる長い道のり。とてもののんびりとした、本当にのんびりした完結編への出発が、明日スタートする。

秘境カリジニでのハードな生活が終わり、今はブルームに滞在している。写真は、カリジニを発って、ポートヘッドランドという鉄鉱石の輸出港町へ向かう途中の道路の上で撮影した、今回の参加メンバーの記念撮影。カナダ、ドイツ、スイス、オランダ、イギリス、フランス、香港、オーストラリア、そして僕ら日本人の9カ国の混合メンバー。
ブルームは、オーストラリアの原住民であるアボリジニーたちが、インドネシア方面から初めて、オーストラリアに渡ってきたと考えられている、彼らにとって特別な場所だそうだ。これから、先向かう、キンバリーや世界自然遺産に指定されているバングルバングルなどには、アボリジニーの先祖が残した壁画(ロック・アート)を見ることができるそうだ。

ブルームは、また、真珠の養殖などで、古くから日本と関係のある場所。町の近くには、真珠の養殖に関わって、この地で亡くなられた、多くの日本人が眠る、日本人墓地がある。養殖に携わり、潜水病で亡くなったり、この地を襲ったサイクロンのために命を失った人も数多くいるそうだ。
だからというわけではないのだろうが、町の中心で、日本食屋さんを見つけた。シェフはオーストラリア人だったけど、長い間、まともに食事していなかったので、値段も気にせずランチタイムに転がり込んだ。頼んだのは、まっちゃんも僕もトンカツ定食。

あまり期待はしていなかったのだけど、かりっと揚がっていたし、ソースもマヨネーズも日本のものを使用していて、十分に美味しかった。デザートは抹茶アイスを注文して、久しぶりに充実した食事を堪能した。
でも、金額は二人で、約9000円。オーストラリアは今レストランでの食事の値段がとても高い。覚悟はしていたけど、トンカツ定食と抹茶アイスでこの値段は、そうそう毎回食べれる金額ではないな。
シェフには、「美味しかったよ。また夜も来るよ!」と言ったけど、結局夜は何も食べずに部屋でネットつなげて過ごした。レストランの外には、青空の下、こいのぼりが舞っていた。


エクスマスを発ち、昨日ブルームに到着した。その間、滞在していたのは、オーストラリアの中でも秘境と言われるカリジニ渓谷。赤茶けた鉄鉱石の埋まる不毛の土地に、忽然と姿を見せる異様な渓谷の姿は、今まで見てきたオーストラリアの様々な奇岩の中でも突出した強烈な印象を与えてくれた。毎年観光客の中から死者が出るほどの危険な場所でもあるらしい。
印象を強めたのは、ここでの滞在が全て屋根の無い、荒野での野宿だったせいもあるかもしれない。赤茶けた不毛の大地に、スワッグを広げて、その中に寝袋を滑り込ませて眠る。夜はまだ、太陽が沈む前に温められた地熱が残っていて、Tシャツと短パンだけでも寝汗をかくくらい暑い。しかし、明け方前には、乾燥した空気が熱を奪い、ダウンジャケットを取り出して着込んで寝なければ寒くてしょうがない。

昼間の移動で、疲れ果てて、日が暮れると食事の用意だけ手伝って、食べもせずに早々にスワッグにもぐりこんで眠る毎日。この数日間、肉をまったく食べていない。食べるのは、果物と、水と自分で買ったナッツ類だけだ。まるでベジタリアンのような生活。
着てる服や靴はすでに、オレンジ色に変色している。「何でこんなことしてるんだろう」と不毛な疑問を抱くこともばからしくなってくるくらいに、疲弊している。「背中が小さくなった気がします」と同行のまっちゃんから言われるくらいに、体重が落ちた。
しかし、体重が軽くなった分、おかげで、渓谷を上り下りする激しいトレールを重いカメラバッグを背負って移動するのが、あまり苦ではなくなった。カメラ1台、レンズ1本を今回のルートで壊してしまった。次の
ダーウィンまでの9日間の野宿で、残りのカメラとコンピューターは無事に機能してくれるだろうか。

辛そうなことばかり書いてしまったけど、星を見ながら眠るのも、悪いものではないと感じた。久しぶりに、オーストラリアの赤い大地に帰ってきた。小、中学生の頃、家族でこの不毛の大地を車で移動して、テント生活していた頃を思い出した。大学時代に、日本から4駆を船でオーストラリアに輸送して、砂漠地帯を走破したときも、こんな感じだったな。今回のエクスマスからダーウィンまでのルートは、実は、今までオーストラリアで走破していなかった、唯一のルートだ。

だからと言うわけではないけど、途中でリタイヤするわけにはいかない。これを走りぬけたときに、自分の中でオーストラリアと中途半端に関わってきた数十年間に一区切りをつけるきっかけになると感じている。
満点の星空を見ながら眠り、広大な台地ひた走るときに、考えることの多くは、家族のことだ。離れているから尚更家族とともにいる大切さを感じる。僕の放浪の原点も、父や母、二人の兄弟との狭い車での移動だった。いつも南十字星を眺めながら眠りに着いた。
今回も4日間、たまに雲に隠れてしまうことはあったけど、いつも南十字星は、僕の頭上で輝いていた。いくつもの流れ星を見たけど、いつも「あ、流れた!」と思うだけで何も願い事を言う暇もない。
今年のトゥバタハリーフの撮影を終えてマニラまで戻ってきました。
今年は途中で雨が降り続いたりして、その影響か少し海にも濁りが出ていました。
まぁおかげで柔らかい太陽の光がフワっと柔らかい写真が撮影出来たので良しとしましょう。
今回は昨年よりもマクロの撮影もいっぱいしてきたので、また記事がアップされるのを
楽しみにしていてください!
今回久しぶりに風邪を引いて鼻水がズルズルです。
あと一時間で搭乗です。
それではまた~。

今日もジンベエスイムを行ってきた。今日のジンベエサイズは4mくらいと小さかった。それでも、まだ時期的には早い4月で、2度ともジンベエスイムができたのはラッキーだった。本来のベストシーズンは6月くらい。しかし、ジンベエよりも、このエクスマスでお勧めなのは、この地にある、アメリカ軍の施設であるネイビーピアで潜るショアダイブ。


どこの雑誌でどう紹介されたのかはわからないけど、世界のベストショアダイブ(ビーチダイブ)ポイントのベスト10に入っているらしい。その中には、バッセルトンジェティーも入っているそうだ。
ネイビーピアには、以前にも一度潜っている。そのときの印象はかなり強く残っているのは確かだった。魚が近い、群れの密度がすごい。変な魚も沢山いる。などなど、なんだから水族館の巨大水槽に潜ってる感じ。個人的には、ジンベエスイムよりも、このネイビーピアダイブの方がお勧めだけど、まあ、好みによるかな。
明日から、またバスに乗り込み、3日間のキャンプ生活。そして、「月の階段」で有名なブルームの町に3泊して、ここでもジェティーダイビングを行う予定だ。
それから、次の「不思議発見」で、西オーストラリア特集が放送されます。ミステリーハンターは、WEB-LUEでのモデルをやってもらっている山口日記ちゃんが担当しています。
もう一つ、5月17日(?)放送予定の「世界不思議発見」で、ヤップ特集。何故か、僕が水中撮影映像を提供しています。そちらも是非ご覧ください。

やっとネットがつなげる場所に来た。エスペランス方面へのラウンドを終了して、パースに1泊。しかし、到着が夜でその後打ち合わせなどがあり、そのまま就寝。翌早朝には、エクスマスまでのラインドに参加するために、ネットをつなげる時間はまったくなかった。
一昨日、エクスマスに到着、昨日はジンベエスイムを行った。今朝、行動をともにしていた、他のメンバーたちは、パースに向けて帰路につき、僕とまっちゃんはしばらくエクスマスに残って、次のバスを待ち、ブルームへと向かう。
今回も、個性的なメンバーたち。イギリス、ドイツ、フランス、ハワイ、オランダ、オーストラリア、そして日本などからの混合メンバーでの旅。
僕はパースで打ち合わせ中に食べた牡蠣に当たってしまったのか、エクスマスまでの道中、ほとんど水下痢状態で、死にそうだった。次のサービスまで200キロ・・・・。その間、トイレの無い状態が続くのが、いかに苦痛だったか。
おまけに、途中途中で立ち寄る場所がピナクルズとか、カルバリ渓谷とか、海じゃない山の中。最近、「森(山)がオレを呼んでるっつ~の、海じゃなくて」なんて冗談言ったりしてたんだけど、こんな状態での山は大嫌いだ。「やっぱり海に呼んでもらいたい・・」などと、放心したようにぶつぶつ独り言言いながら、山道をカメラ機材を背負ってフラフラ歩き続けた。
そんな辛い日々も、コーラルベイでのマンタスイム、エクスマスでのジンベエスイムで久しぶりに海に浸かると、自分でも驚くほどに、体調が回復した。今は昨日の激しいジンベエスイムを終えた後だというのに、妙に爽快感がある。

やっぱり自分には海があってるのかもしれない。今日もネイビーピアに潜りに行く。
写真は、この旅で一緒だったメンバーたちから、ウエッブサイトに写真を沢山載せてくれと言われたので、記念写真系を何枚か。



この後もキャンプ生活が続き、しばらく音信不通になるかも。
エスペランスまでのトリップも落ち着いたらアップします。